"私立中高出身として強く感じるのは、卒業後に通って良かったと思えることは、文化とか伝統とか数値化できないものがほとんど。最近の中受界隈、数字で見えるものや資本の論理を重視しすぎているように感じます。"
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Xの新野元基さんのツイートより。
もし学生生活や人生をコストパーフォーマンスだけで測るしかないのだとすると、
人生がこんなに味気なく、絶望に満ちたものなのか…としか思えない。(私の意見)
よく見る中学受験のコスパについての論争の中で出てくる例がある。
卒業大学が同じ2人がいる。
片方は公立で高校まで進学してきた。
もう一方は中受を経て私立中高一貫を卒業してから進学。
前者と後者なら、
前者はコスパが良く
後者は無駄にお金をかけて不相応な環境にいたため"予後が悪い"とまで言われる。
こうなると
全員高校まで公立、塾なしで東大・ハーバードあたりに行くか、それが出来ないのなら義務教育で切り上げて早期に働けばいいという極論にしかならない。
過去様々な分野でどれだけの警鐘が鳴らされてきたか分からないような、使い古された考え方と主張だと思う。
分断を生むだけだ。
そして自分の生んだ分断に、あなた自身が切り刻まれる。
それでも人は生きていく上でコストに対する見返りをどうしても意識してしまう。
安く合格が欲しい。
それ自体は否定しないが、目に見えないモノの価値を確かに感じられるから人は幸せなのではないかと年々感じている。
(別に高ければ何でも良い、と言っている訳ではない)
そして結局、目に見えない部分の成長や充実が最終結果を決めていくのだ。
これはたくさんのお子さんたちを見て確信している事の一つ。
色々な意見や考え方がある分野だからこそ、
この論点については大切に思考を重ねていきたいと思っている。
決まった正解が無いのなら、試行錯誤して自分にとっての道を創り出していく。
教え子たちと大切にしているポリシー。
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